2008年07月03日
第73回「世界経済の地殻変動を読む――21世紀パラダイムの生成と原油価格3ケタ時代の新しい現実」(2008/06/30)
筆者はここ2回の本欄で「経済学は死んだか」と題し、現代の経済学が分析力や政策提言力を失っているのではないかと論じてきた。それは経済学者、政策当局、市場アナリストたちが、価格メカニズムによる資源の適正配分機能や、社会的合意に基づく公正な所得分配機能といった、経済学の基本機能を看過あるいは無視していると、筆者が考えるからだ。さらに、現代の経済学は「制度化」や「専門化」という意味では進化してきているものの、ボラティリティー(変動率)が高まり、複雑化する現実経済について、「構造的分析」を軽視ないし放棄し、短期的かつ表面的な分析に終始している。部分的な市場データの目先の変動や政策当局者の発言に「猫の目」のように反応する結果、経営や生活など経済全般がよって立つ基礎的図式や因果構造の変容といった、大局を見過ごしてしまう。
そこで今回から2回にわたって、この「構造的分析」という経済学の基本機能に関連して問題を設定する。まず今回は、「経済パラダイム論」の側面から、「世界経済にいま、何が起こっているか」を検討し、世界経済に生起しつつある「時代的転換」の骨格を明らかにしたい。原油価格3ケタ時代は常態化するのか、それとも投機によって生じた「一時的現象」か、インフレ時代は到来するのか、といった個別の諸問題については、次回に論じることとする。
世界経済見通しのコンセンサス
現在の「経済学通念」の視点に立ち、世界経済の現状を診断すれば、最大公約数は次の5点に集約できるのではないか。
(1) 08 年に1バレル100ドルの大台に乗ってなお、150ドルさらには200ドルへの上昇も予想されるという「原油価格3ケタ時代」は明らかに、「投機マネー」によって演出された異常な高値水準であり、いずれ100ドル以下に戻る。中期的には1バレル100ドルを超える状態ではオイルサンド(油砂)、オイルシェール(油分を含む岩石)、メタンハイドレード、石炭、太陽光、燃料電池、原子力など代替エネルギー開発が促され、原油価格の天井知らずの高騰には必ずキャップがかかるからだ。
(2) 07年夏に始まったサブプライム問題の鎮静化にはなお、時間がかかるが、遅くとも08年末から09年春には金融混乱は小康状態に入る。ただ、サブプライム問題に端を発する米国経済の落ち込みが深まるリスクは警戒せねばならず、米国が景気後退を脱するのは09年央以降か。
(3) BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)など新興国の成長減速も避けられず、世界経済の実質成長率は07年の4.9%から、08年には3~4%前後に落ち込む。だが、BRICsは自律的成長力を組み込んでいるため、デカップリング論は基本的に成り立ち、再び09年以降の世界成長のエンジンとなる。
(4) 世界的な株価調整はなお続く。しかし、米国のNYダウの1万ドル台割れはなく、サブプライム問題が最悪期を脱する08年秋以降に調整はおおむね終わり、09年春にかけて底値を固めよう。
(5) ただし、原油価格がこのまま高値更新を続けることはないとしても、100ドル前後の高値圏にとどまる可能性はある。また、食料、金属など資材の世界的な需給逼迫(ひっぱく)は基調として続き、世界的にインフレが進行する。インフレは実体経済に下押し圧力を加えるから、スタグフレーションが広がるリスクは警戒しなければならない。
世界経済システムは歴史的大転換期にある
以上の(1)~(5)が市場関係者やメディアなどの平均的な「世界経済見通し」を粗削りに要約したものだ。こうした見方はそれなりに「論理的」である。だが筆者は、これらは視野の狭い経済学的分析枠の域を出ないと考える。なぜならば、冷戦終焉(しゅうえん)後の90年代以降、世界経済システムに生起している歴史的かつ構造的な「転換」をほとんど考慮していないからだ。ここ10~20年に世界は「パラダイム転換」としか言いようのない地殻変動に見舞われている。世界経済が「バージョンチェンジ」し、「新潮流」が生まれつつあるのだ。
経済学の伝統のなかに「景気循環論(Business Cycle)」があるが、その頂点に鎮座するのがJ.M.ケインズと同年生まれのJ.シュンペーターだ。経済に関する幅広い学識を持つことで知られる彼の著作のなかに、大著「景気循環論」(1939年)がある。この本はロシアの統計学者N.コンドラチェフの論文「景気の長期波動」(1926年)の仮説に触発されて書かれたものだ。コンドラチェフは過去100年間以上の欧米の物価指数、利子、賃金、生産高などの時系列データを分析し、50~60年周期の景気変動が存在することを見出した。シュンペーターもコンドラチェフとほぼ同様の結論を下し、世界経済は18世紀後半(フランス革命前後)から50~60年周期で1次長波、2次長波、3次長波と長期波動を繰り広げてきたと論じた。この2人の長期波動説を前提にすると、4次長波は1945~95年と仮定できる。したがって、5次長波は1996年から始まると推測することが可能だ。
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